くまちゃん

角田光代「くまちゃん」読了。

おもしろかった。

 

くまちゃん (新潮文庫)

くまちゃん (新潮文庫)

 

そして怖かった。

角田光代さんの小説は女の人の内側をあからさまにしてしまう。

朝ハイテンションだったのに昼間は泣きそうなくらい落ち込んでて、そうかと思えば放課後にはまた何事もなかったように笑っている、

そんなクラスメイトの女子の、自分にはわかり得なかった感情の変化を詳らかにしてしまうような。

この本は連作短編恋愛小説で、

男女どちらもメインになっているけれど、

どの話でも女の人の心の機敏が如実に表されていると思った。

知りたかった、けど知ってはいけない女の人の本音を知ってしまった気分。

 

小説では携帯電話のない時代から2000年を越えたあたりまで、それぞれ登場人物が過去の恋愛を経て成長していく姿が描かれている。

仕事でも恋愛でも。

自分はどうだ?と振り返ったら恐ろしい。

でも角田さんにかかれば一端の物語にはなるんじゃないかという気はする。なっていてほしい。

 

時代は変わっても人間の根本的な部分は変わらない。

恋愛は人それぞれ。

様々な条件が重なって思いがけず始まるし終わる。

そしてそれが理解できるのは、時を経て新しい恋が始まった後なのかもしれない。

時事漫才

爆笑問題「時事漫才」読了。

時事漫才 爆笑問題の日本原論

時事漫才 爆笑問題の日本原論

 

爆笑問題の日本原論」は今まで読んだ本の中で一番好きな本で、

爆笑問題の二人にサインを書いてもらった文庫版の日本原論は、

もしかしたら家にあるもののなかで一番大事なものかもしれない。

日本原論がなければカーボーイも聴いていなかっただろうし、

こんなに爆笑問題を好きになることもなかったと思う。

時事漫才はそんな日本原論シリーズの第8弾。

 

日本原論は3か4あたりまでは読んでいたはず。

それ以降は読んでいない・・・と思われる。

こんなに日本原論が好きだと言っておいてなんだそりゃって話ですが。

今回も単独ライブの先行発売、限定の未収録原稿目当てに購入した不届き者です。

 

改めて日本原論を読んだ感想は「あ~変わってなかった」。

相変わらずのおもしろさ。

この20年で表現できる幅は狭まっているかもしれないけれど、

太田さんはまったく変わらずにおもしろい漫才を書き続けている。

頼もしくもあり、途中読んでいなくて申し訳なくもあり。

 

太田さんは「常に一人の疲れたサラリーマンを笑わせることだけを考えて書いている」と、

24年前から今まで言い続け、毎月欠かさずに漫才を書いてきた。

 

この言葉を聞いて、放送作家の寺坂さんが言った

「優れたラジオパーソナリティはラジオの向こう側にいる一人に話しかけている」

という言葉を思い出した。

 

ずっと一人に向けて漫才を書き続けてきた太田さんは、

誰よりもラジオを聴いている一人に語りかけることが出来る人なのかもしれない。

日本原論を読んでカーボーイのおもしろさの秘密を垣間見たような気がする。

 

と同時に太田さんのおもしろさはテレビでは十二分に伝わらないのかもしれないというもどかしさも感じた。

くりぃむナンチャラのような番組を爆笑問題でも!

と思うのはカーボーイがこんなに長く続いていることを考えると贅沢というものか。

 

とにもかくにも時事漫才。

おもしろかったです。

続けてもらえる限り、追いかけ続けたい。

 

 

O2-T1の設定や時系列を考える

爆笑問題結成30周年記念単独ライブ「O2-T1」のコントを自分なりにまとめてみる。

内容を知りたくない人は読まない方がいいかも。

 

披露されたコントは5つ。

「サラリーマン」

「数字男」

「二人の兵士」

「医者と患者」

それと「爆チュー問題」。

 

ナタリーに掲載されてたからこれが正式タイトルなのかな。

個人的には「サラリーマン」より「クリニック」の方がしっくりくるけど…まあそれはいいや。

それぞれは別々のコントだが全編を通じたあらすじは「太田光扮するタイムパトロール、通称手○○刑事が、脅威の生物兵器に利用される特殊な遺伝子を持つ田中裕二を追いかける」というもの。

役柄も微妙な差異はあるけど、爆チュー以外はこの二人なんじゃないかな。

 

コントの順番とお話の中での時系列は前後していて、

①「サラリーマン」

   ↓←⑤「爆チュー問題

④「医者と患者」

   ↓

③「二人の兵士」

   ↓

②「数字男」

になっていると思われる。

 

クリニックで田中裕二の体液を採取、

生物兵器製造実験で田中さんの遺伝子を注入したマウスが逃げ出し世界中にウイルスが撒き散らされる。このマウスがたなチュー。

10年後、感染が広がる中で田中裕二が病院を受診、ここで医者に扮した太田さんもウイルスに感染してしまう。

その数年後、人類最後の生き残りとなった二人が何者かと戦い、田中裕二は事の顛末を知る。

最終的にウイルスは宇宙に捨てられ踊り狂う。

 

と何を書いてるのかよくわからない内容になってしまいましたが、大まかなあらすじは間違っていないと思う。

「数字男」は最後ではなく、他のコントの間に入る出来事かもしれない。

自分の読解力の限界はここまで。

いつか映像化された際にはオーディオコメンタリーなんかで詳しく解説してほしい。

 

さてライブを見た人は「数字男」で二人が着ていたTシャツに書かれた数字、太田さんの「2038」と田中さんの「731」が気になっていると思います。僕も気になっています。

この数字の意味するところも少し考えてみる。

まず田中さんの「731」。

これは細菌、ウイルス、過ちを繰り返すなどのセリフから、731部隊の暗喩というか、731部隊を意識してつけられた数字だと思う。

続いて太田さんの「2038」。

これはまったく検討がつかず、ちょっと検索してみると、2038年に一斉にコンピューターに不具合が起きる危険がある2038年問題というものがあるらしく、

太田さんの数字はここから取ったのではないかと。

 

となると「二人の兵士」の中で戦っていた相手は人間ではなくコンピューター?ロボットの反乱?

なんて考えても面白いかもしれない。

 

全然そんな意図で作ってないわ!と言われたらこっぱずかしいことこの上ないけれど、

的外れで素っ頓狂な感想もデタラメは魔法の言葉っつーことでご容赦いただきたい。

 

 

こんなこと考えずにあーたのしいなーおもしろかったなーと観るのが一番だと思う。

AX

伊坂幸太郎「AX」を読みました。

おもしろかったです。

 

AX アックス

AX アックス

 

恐妻家の殺し屋の話。

家族の話。

伊坂さんが描く家族はどうしてこんなにあたたかいんだろう。

冷静沈着な殺し屋の唯一恐れる存在が妻。

そんな夫婦のやりとりがこれでもかと語られる。

夫の妻に対する涙ぐましい努力(妻への愛ゆえの)が淡々とした筆致で表現されていて、悲哀とおかしみを余計に誘う。

 

ただ、それだけでは終わらない。

あ~このままこんな生活が続いていくのも幸せなんだろうな。

コミカルでおもしろいな~なんて思っていたら、後半の展開に見事にやられた。

家族愛。一言ではとても表すことは出来ないけれど家族愛、なんだと思う。

 

なによりすごいのは、何かとんでもないことが起こっているわけではないところ。

いや起きてはいるのだけれど、殺し屋という仕事から想像するとんでもないことは起きていないわけで。

それなのにこんなに引き込まれるのは、構成やら何やらがとんでもなく秀逸なのだろう。

伊坂さんの手のひらの上で転がされているような気持ちになった。

もちろん良い意味で。

 

殺し屋シリーズは3作目だそうで、前2作読んでなくてもこれだけおもしろいなら、読んでいたらもっともっと楽しかったんだろうなと想像に難くない。

読んでる人が少しうらやましいけれど、読むかどうかはまた別の話。

 

映像化されるだろうなぁ。

父親とか

ジェーン・スー「生きるとか死ぬとか父親とか」読了。

おもしろかった。

生きるとか死ぬとか父親とか

生きるとか死ぬとか父親とか

 

スーさんと父親との交流と現在過去未来。交流と言うには軽すぎるかもしれないが。

まず何よりスーさんのお父さんがとても魅力的。お洒落で洒脱で飄々としていて誰からも(特に女性から)好かれるナイスミドル。

ただし端から覗き見る分には。

身内にいると楽しいんだけど大変な人なんだろうなと思う。特に娘の立場でこの父親を許せるの?と思ってしまう。

スーさんは許した。というか死なば諸共というような心持ちでこの本を書いている気がする。

なんかもう覚悟が違う。

スーさんが松之丞さんとの対談で「やっかいな男が好き」と発言したルーツがここにある。

 

これまでの著作では、ざっくばらんに明け透けに女友達との会話を楽しむような文章だったけれど、

今回はどこか遠慮がちで、常に冷静でいなければと考えてるような文章で、それがそのままスーさんとお父さんの関係性を表しているように感じた。

 

前半はスーさんが父親との交流を通して、父の半生、親類一同・家族への理解を深めていく。

後半は父と母。そして娘。この本の核心部分であろう三人の過去が紐解かれていく。

その構成も巧み。

 

いつも、なぜスーさんは種々雑多な相談に、あんなに的確にアドバイスが出来るんだろうと感心していたが、

この本を読んでスーさんの半生を知れば、そりゃそうだと納得する。

普通の人では経験できない修羅場をくぐり抜けている。

父と母。娘と父。男と女。向田邦子の世界。

太田さんがこの本を絶賛していたのも当然だ。

 

最後に、スーさんがさすがというかしたたかというか抜け目ないのが、この本の中にパートナーの方がほぼ登場していないところ。

まったく出てこないわけではなくチラッと顔を出す。言及する。気になる。

いつの日かパートナーと対峙する本も出版されることを期待せざるを得ない。

 

スーさんは弱さをさらけ出せる強い人。

スーさんの100分の1でも仕事に真摯に取り組むことが出来ればと切に思う。

もっと生活も踊らせねば。

 

帰省

実家に帰った。

片道一時間の帰省。

近いと逆に帰らない、ものなのかどうかは知らないが1年弱ぶり。

実家に帰って驚いた。

やることがない。

家族と話すことがない。

元々、家族同士深く干渉しないし、あまり関心を示さない家庭ではあったが、改めて思い知る。

ほかの家と比べるとだいぶ変わっているんだろうなと思う。

自分の部屋はもうないし、まったくもって居心地が良くないために30分もしないで戻ってきてしまった。

まあ家族の形なんて様々で、至らなさを指摘され、あれやこれや言われる方がたまらないから、これでいいと思う。

 

むしろこの考えが現状を生み出したとも言えるのかもしれない。

それでもいいや。

 

ただ、親と会うのもあと50回も無いだろうと考えると、これでいいのか、なんてことも考える。

収入もなにもかも足りない人間に出来ることはほぼないだろうし、はてさてどうしたものか。

 

かのみうらじゅさんは、親孝行はプレイだと思えば恥ずかしげなく出来る、というようなことを言っていた。

それができればいいのかな。

そういえば、みうらさんがとラジオとに出演した回がとてもよかった。

ラジオパーソナリティーとリスナーは、どこか親子のようだと思っていて、

子供は親が楽しそうにしているのを見るのが楽しい。さらにゲストも楽しそうで言うことなし。

おい、松之丞!こう言うことだぞ!!と言いたくなったとかならなかったとか。

 

 

お盆休みがないのは、こんな仕事をしているからで、自分で選んだから文句を言うなとの意見はごもっともかもしれませんが、それでも愚痴のひとつやふたつは言わせてほしいもの。

太田さんの件に対するコメントを見て思ったこと。

単独ライブが楽しみだ。

 

 

寝むみが強いときに書くもんじゃない。

 

梅干す

梅干しを作った。

思いの外よくできた。

 

まず素の梅を購入しジップロックに入れ塩分濃度20%になるように塩をまぶす。

そこに重しをして放置。

途中に水分と空気が出てくるため、空気は適宜抜く。

この間、部屋に梅のフルーティーな果物然とした香りが充満してた。

梅ってこんな甘い匂いするんだなと思う。

ここまで写真なし。撮っておけばよかった。

 

約一月後、三日続けて晴れる日を見計らっていよいよ干しの作業。日中にベランダに出し夜は部屋にいれる×3。

一日目。

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梅酢から出したばかり。てろんてろん。すでに梅干し感あり。梅酢は塩の代わりに使ったり調味料として重宝している。

二日目。


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軽く潮吹き。ぎゅっとしてきた。

三日目。


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浮き出た塩が固まってかっさかさ。

取り入れて梅干しの完成。

ひとつ味見してみたが塩のジャリジャリが際立ちしょっぱ過ぎた。失敗したかなと少し不安になる。

ビンに入れて保存。

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数日後には吹かれた塩も馴染んできた。

一応の完成した梅干し。


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干した直後よりはるかにまろやか。市販の梅干しよりかなりしょっぱいけど、自分で作ったことに依るところが大きいのだろうけど、とても美味しい。

うまみがすごい…気がする。

 

長期保存で美味しさが増すらしいのでそれも楽しみだが、そんなに作ってないため今年中にはなくなってしまいそう。

そうめんのつゆに入れたり、おにぎりの具にしたり、種をちゅぱちゅぱしたり、猛暑が続く夏の塩分、ミネラル補給にぴったりだ。

 

想像よりも簡単に作れたので、来年も作りたいと思う。次は紫蘇梅を作ろう。